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白き命題:3

 先輩からいつか聞かれたことがある。どうしてそんなに死を求めるのか。なぜそんなにも死を体験したいのか。
 そのとき僕は家族の話をした。誕生日に温かい両親が、大好きだった兄が死んでしまったこと。どうして彼らが死んだのかわからないのだと、僕は言った。
 しかし先輩は、「だから?」と一言、そういったのである。
 びっくりした。てっきり同情されるのかと思って、多分無意識にそれを求めていたから。
 家族が死んだからどうかしたのか、なんて台詞は無関心な先輩だからこそ言えるものだろう。
 自分が酷く恥ずかしい奴だったことに初めて気づいた。
「ってまぁ、そんなことはどうでもいいんだけど」
 今このときにおいては、至極どうでもいいことだ。
 そう、今重要なのはこの状況である。
「この際だから聞くけど」
 目の前には黒い髪に、白い肌、整った顔。僕の後ろに、それと同じ顔が座っている。
 畜生静かに読書なんかしやがって!
「あなたとこーくんってどういう関係なの?」
「……ずいぶんと直球な質問ですね」
 眉を吊り上げた人唯会長が超至近距離でそう言った。なんていうか、その、綺麗な顔をそこまで近づけられると僕でもキツイんですけれど。
「どういう意味ですか、それって?昨日も聞いてきましたよね会長」
「わたし見ちゃったんだから」
 僕の言葉を無視して、会長は僕にまた一歩近寄る。僕は何歩目かになる後ずさりをしたが、壁に邪魔されてこれ以上は下がれない。
 それにしても、見た?何を?
「こーくんと、朔季ちゃんが二人で電車乗って、郊外の廃ビルに行ってたところ!」
「げ」と、小さく琴唯先輩がそう呟いた。あれ、珍しい。先輩がそんなことを呟くなんて……って、今はそんなことはどうでもいい。
 何を見たって、会長。
「だから!あんたとこーくんが一緒にデートしてるところを!」
「デートって……僕がそんなことするわけないじゃないですか」
 僕と先輩がそういう関係じゃないって、何度言ったらわかるんだこの人。
 琴唯先輩も「げ」って言ったくせにそこから無関心だし。畜生め!
 おっといけない、口調が崩れてしまった。
 大体郊外の廃ビルでデートする高校生なんていねーよ普通……と思うのだが、ザ☆ブラコンの会長にはどうやら通用しないらしい。デートなんてそんな馬鹿な。僕には先輩ほどの人を手玉にとれる自信なんてありませんよ本当に。
「別に言い切れないじゃない!見間違いかと思ったけど、こーくんに聞いたら事実だって言うし」
「ちょ……先輩、そんなこと言ったんですか?」
「あー、言った言った。確か、≪漆の趣味に付き合ってきたんだよ≫って言ったと思う」
「いや、まぁ、確かにその通りですね」
「だって何事にも無関心なこーくんが趣味に付き合ってあげるなんて、そんなの恋人以外にありえないじゃない!」
 それは確かに言えている。正直、僕自身もそこが不思議なところなのだ。どうして先輩が俺の趣味に付き合ってくれるのか。しかもあんな悪趣味という言葉でしか表わせないような趣味に。勿論僕と先輩は恋人じゃない。友達、と言う言葉でも何か違う気がする――友達、では何かが足りないというよりも、何かが余っているという感覚だ。強いて言うならば、やはり先輩後輩、という関係がしっくりくる。先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でもないのだ、僕と先輩は。
「どうなのよ!ねえ、絶対恋人なんでしょ!?」
「……だったら先輩に聞いてみればいいじゃないですか」と、いい加減にしてほしいという気持ちをこめて僕は会長に言った。
 ぎくり、と会長は顔を強張らせる。ようするに万が一でも、大好きな琴唯先輩から肯定の言葉を聞くのが怖いのだ。しばらくの沈黙の後、会長が琴唯先輩の方へ向く。
「――…本当のところ、どうなの、こーくん」
「付き合ってるよ」
「は?」
最後の素っ頓狂な声は、会長のものではなく僕のものだ。
 すっと血の気が引いた気がして、僕は会長の方を向く。その顔は真っ青で、唯一かみしめている唇だけが赤かった。
「待ってください……先輩、琴唯先輩?もう一度言ってくれませんか。…………誰と誰が付き合ってるって?」
 そう言ったのは僕だ。会長は今も唇を噛みしめて下を向いている。だが、そんな姉には興味がないようで、無関心な弟は読んでいる文庫本から目を離さずに、もう一度言った。
「だから僕が漆に付き合ってるんだって」
 今度こそ終わった。
 会長は真っ青だった顔の色を、今度は真っ赤に変えて、大きい目で僕をぎっと睨んだ。そして一閃。頬に衝撃が走る。それと同時に、ばっちーん、という乾いた音が生徒会室に響いた。
「最ッ低!」
 どうやら僕は会長に叩かれたらしい。会長は勢いよくドアを開け、生徒会室から出て行った。それにも琴唯先輩は興味ないようで、文庫本に見入っている。--いや、この表現はいささかおかしいのかもしれないけれど(僕も叩かれた衝撃で頭が回っていないんだ)、とにかく先輩は文庫本から目を離しすらしなかった。
「……琴唯先輩、どういうことですか?僕と先輩付き合ってなんかないでしょう。ってか、ありえないでしょ、それ」
 そう有り得ない。その程度のことが人唯先輩にわからないのが致命的だった。普通に見ればありえないことなのに、弟のこととなると周りが見えなくなってしまうのだった。
「は?何言ってんの。俺と漆が付き合ってるんじゃなくて、俺が漆に付き合ってるんだろ?」
「は?……って、こっちが言いたいんですけれど。どういう意味ですか、それ」
「だから、俺が『漆の趣味に』付き合ってるんだろ?」
しれっと「さっきも言ったじゃん」なんて言う先輩に頭が痛くなった。
 つまり何事にも無関心な先輩は、僕と会長の口論(?)を聞いてなかったんだろう。十分にあり得る。だからこそそのときの付き合うという意味が、男女間の交際、という意味に捉えられなかった、と。
「はろぅ、さっきーにことーくん!みんなお待ちかね、緑川一茶ちゃんの登場だよ!」
 沈んでいる生徒会室(訂正、沈んでいるのは僕だけであって琴唯先輩はいつも通りだ)に、これまた異常なテンションな人が入り込んできた。緑川一茶。常にツインテールなのが印象的な、ぱっちりお目目の可愛らしい、テンションが物凄く高いことだけ玉に瑕な一つ上の副会長だ。馬鹿っぽく見えるけど物凄く秀才。そういう意味では食えない人である。
「緑川先輩……あの、会長見かけませんでした?」
「うゆ?ひとーちゃんなら走って校門の方に言ったかなぁ?あたしとすれ違っても挨拶してくれないひとーちゃんなんて珍しいよね!酷いよね!なんかあったのかなあ?」
「いや、まあ、なんかは確実にあったんですけどね……」
「あ、そういえば」と緑川先輩はくりくりとその目を猫のように動かした。
「校門のところに赤上さんの車が止まってたかも!ってことはこれからひとーちゃんってばデート!?デートなの!?きゃー!いいなぁリア充は!あたしはいつまで非リア充が続くんだろー!?」
「先輩は二次元にしか恋できないんですから、一生非リア充だと思いますよ」
 そうか。赤上さんを呼んだのか。
 だとしたら傷ついた人唯会長の心を癒すには適任だ。とりあえず、明日学校で事情を説明して、なんとか誤解を解いてもらおう。とりあえず今日のうちは触れない方がよさそうだし。
 そう考えて、昨日やりかけた書類に手を伸ばす。無関心な琴唯先輩と、仕事をしてくれない緑川先輩とじゃ今日は仕事にならない。
「とりあえず、藤田さんか青池先輩あたりが来てくれることを祈るしかないか……」
 ふと窓の外を見ると、丁度赤上さんの車が発進するところだった。
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白き命題

白き命題:2

 僕が死に興味を持ったのは、驚くなかれ、小学四年生――それはくしくも僕の十歳の誕生日、九月六日のことだった。十歳の誕生日。大人になるまでの折り返し地点。まだまだ子供だけれど、背伸びしたいお年頃。そんな僕だったけれど、誕生日は子供なりに楽しみだった。うざったいくらいにもったいぶって、僕が泣くまでプレゼントを渡してくれない両親の態度には毎度毎度困らされたけど、その後に出てくる母親手作りのケーキは大好きだったし、当時高校一年生だった兄が、この日ばかりは大好きな部活を休んで、センスのいいアクセサリーを誕生日プレゼントに買ってきてくれるのが幸せだった。九月六日という日は、僕のためにあるのだと思っていた。
 恵まれていたのだと思う。
 その日の朝におはようと、誕生日おめでとうを言われて学校に出かけた僕は、学校でもクラスのみんなに誕生日を祝われて、まるで王様になったような、楽しくてうれしくてたまらない気持だった。でもそれよりも、何よりも家に帰って、家族に誕生日を祝われることが待ち遠しい。一分一秒でも早く家に帰りたい、そんな気持ちに駆られて、僕はランドセルを背負って通学路を走った。学校から家は近くもないし遠くもなかったけれど、走って帰ればすぐだった。息を切らして、ドアに手をかける。あれ、と、そこで僕は思った。いつもかかっていないはずの鍵がかかっていた。もしかして、両親は出かけているのだろうか。しかし、出かけるのであればないであろう青と白の二台の車は両方あったし、兄の自転車もあるから、家族全員が家の中に揃っているはずだ。不思議に思いながらも、万が一のことがあったときにと、小学校に入学する際、母親が持たせてくれた家の鍵で扉の鍵を開ける。家の中はしんとしていて、人の気配がない。もしかして僕の誕生日のために驚かせようとしているのかと思ったけど、そんな気配もない。リビングに行けば誰かいるかな。そう呟いて、僕はリビングに向かう。リビングの扉を開けて、初めて見えたのは林檎のような色だった。
 
 家族三人が死んでいた。
 
ソファにうなだれているような両親の死体。それぞれその胸から、包丁が生えている。それから、学生服を着た兄は、両親よりも入口のドアに近い所で、頭から血を流して倒れていた。傍には、父の愛用していた、大きな灰皿。兄の手には、恐らく僕宛てであろう、黒いシックな包装紙に包まれた、アクセサリーの箱があった。冷えた兄の手からそれを受け取り、包装紙を丁寧にはがしていく。箱を開けると、三日月をモチーフに、ブラックオパールをメインにした、兄らしいセンスのシルバーアクセサリーが姿を現した。
 三人は死んでいるのだと、信じられなかった。
 ダイニングのテーブルの上には母の作った豪華なケーキがあった。
 父が先程まで読んでいたであろう新聞があった。
 兄の持ち帰った宿題があった。
 僕に用意された、誕生日プレゼントがあった。
 ――どうしてあの人たちが殺されたのか、わからない。僕は、死というものがわからない。
 どうして死はあるのかどうして死なんてくるのかどうして人間は死ぬんだどうして家族は殺されたんだなんで僕は殺されなかったんだどうして別の人じゃなかったんだなんでどうしてなぜ――――
 後日、家族の遺体は、僕の担任によって発見された。
 いつまでも学校に来ない僕を心配して、家まで来てくれたのだった。
 担任が見つけたのは、家族の遺体と生活する、やつれた僕の姿だった。
「琴唯先輩、お待たせしました」
 生徒会の執務を終え、待ち合わせ場所の公園へと向かった。学校や駅周辺の栄えたところとは少し離れているので、公園は静寂に包まれている。広く誰もいない、暗い公園のベンチに、ぽつんと琴唯先輩が座っていた。
「どれくらい待ちましたか?」
「二十分ちょっと」
 勿論、人の感情にも≪無関心≫な先輩は「いまきたとこ」なんて言わない。それは知っているけれど、なんとなく確認。しかし聞いたことを後悔した。
「そんなに待たせちゃってすみません……」
「なんで?」
 きょとん、と、本当に意味を分かっていないように先輩は首を傾げた。
「言った僕が馬鹿でした……」
「それ俺よく言われるんだよね。まあいいけど」
 いいんかい、と突っ込みそうになりながらも、僕は「行きましょう」と言って、歩き出す。「行きましょう」と言わないと、先輩はいつまでたっても動いてくれないのだ。
「今日は、どこに行くんだ?」
「今日は郊外の廃ビルです」
 短くそう伝え、電車に乗り込む。三駅ほどいったところで降りて、それから徒歩で目的地まで。執務が終わったのが遅かったから、外はもう真っ暗だ。今日は月さえ出ていない、朔の日だ。そんな闇の中で、更に暗い闇をしたがえた廃ビルが建っていた。
「凄い雰囲気だね」
「でしょう。もう三年はたったはずなんですけど」
 僕と先輩は、この一週間、二人だけの秘密を所有している。先輩が、僕の趣味に付き合ってくれているのだ。
「でも、本当気味の悪い趣味だって、ヒトあたりは言いそうだよ」
 ヒト、というのは人唯会長のことだ。会長が琴唯先輩をこーちゃんと呼ぶように、琴唯先輩は人唯会長をヒトと呼ぶ。小さい頃から呼んでいたから、どうしてそう呼んでいるかとか、そういうのは知らないらしい。
「気味が悪いって――まぁ、本当かもしれないですけれど。ってか、会長って僕のこと嫌いなんですかね?この間も、そのチャラチャラした長い茶髪どうにかしなさいって言われたし」
 これ地毛なんですけど。そう言っても会長は嘘つけ、という目線をしていた。
「俺を盗られて悔しいんでしょ。ヒトは俺のことが好きだから」
「……はぁっ?」
 あっけらかんとそう言った先輩に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「え、それは姉弟愛っていう意味でですか!?」
「多分恋愛的な意味だと思うよ」
 ちょっとマテ。それじゃあれじゃん。きんし……なんだっけ。いかんいかん。口調がいつもと崩れている気がするぞ僕。僕の前頭葉がショートしてる。あれ、なんか理解できない。え、人唯会長が琴唯会長のことが好き?確かに思い当たる節はいっぱいありすぎてどれを例に出せばいいのか分からないくらいだけど。
「なんで先輩そんなに冷静なんですかっ!」
「興味ないし」
 ああああそうだったそうでしたそうだったよこの先輩は。
 僕はなんだか馬鹿らしくなって、廃ビルの錆びた鉄扉を開いた。中は案の定というかなんというか、殺風景で、コンクリートがむき出しになっている。最近誰かがここを使っていた形跡はない。
 そして、一部の壁と床に、黒ずんでしまった血の跡。
「うっわ、悲惨」
「ですね。確か女性だったと思います」
 ここで殺されたのは。
 僕はそう言って、血のついた床にねっ転がった。そして目を閉じる。気持ちいい。ここで被害者は何を考えたんだろうか。確か、ここで彼女は猟奇的な方法で殺されたと、ネットに載っていた。その方法はあまりにもアレなので、ここでは自主規制。しかし文面だけ見ても、吐き気がするくらい酷い殺し方だった。
「どう?」
 仰向けに寝ている僕の傍にしゃがみこむ先輩。綺麗な顔が近付いて少しどきんとする。くそう、そんな顔反則だ。
「ねむいです」
「ここで寝ないでよ漆。連れて帰るの俺なんだし」
「そこはちゃんと興味あるんですか」
 苦笑いして、ここで殺された人のことを考える。彼女は普通の会社員だった。きっと、自分がある日無差別猟奇殺人犯につかまって、惨い殺され方をするなんて考えもしなかっただろう。僕の家族のように、夢にも思わなかったんだろう。ここにつれてこられて、彼女は監禁された。きっと不安で悲しくて苦しくて怖かったんだろうな。犯人を恐怖して憎んだんだろう。どうして私が、と考える。きっとそう考える。だけど理由なんてない。その理不尽さを恨みながら、彼女は死んでいく。痛い、苦しい。どうして私が。なんで、どうして。あの人に会いたかった。家族に会いたい。憎い。怖い、痛い。どうして私が。なんでよどうしてなんでなんでなんで―――ッ!
「ッ!」
 びくり、と体が跳ねた。死という感覚が、僕の体を支配していく。徐々に徐々に浸食していく。
「終わった?」
 琴唯先輩は冷静に僕を眺めながら言った。僕はいつものように、無意識に泣いていた。ああ、この人の死はこういう感覚だったんだ。僕はそう考えながら先輩の言葉に頷いた。
「じゃあ行こう」
 先輩は僕に構うことなくさっさと行ってしまう。もう、≪死の体験≫を終えた僕には興味がないんだろう。また明日になれば、この体験をする。先輩の目の前で。僕の≪死の体験≫をするという趣味に付き合ってくれる琴唯先輩。きっとその体験をする僕は、琴唯先輩が唯一興味を持っている人物なのだと、既に何の価値もない、体験を≪終えた≫僕は自嘲した。
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白き命題

白き命題:1

僕が青木高等学校の生徒会本部に入ろうと思った理由は、ただ、ある先輩がそこに所属していたことに限る。
 白樺琴唯。
 その名に似合わない黒髪と瞳、その名の通りの肌を従えた美少年として、校内ではある意味で有名人だ。それには、先輩の双子の姉が学校始まって以来の才女であることも手伝っているとは思うが、それがもしなかったとしても、先輩は有名人だったことだろう。ただし、それが今も、そのもしもの話の中でも、いい意味での有名人ではない――というのは、多分校内では周知の事実である。
 無表情。
 無関心。
 無感心。
 以上、琴唯先輩の代名詞三つ。
 美少年ゆえに告白されることもあると聞いたことがある。これは琴唯先輩の姉、才女の人唯会長から聞いたことだけど。その告白シーンは、人唯会長によると、こんな感じだったらしい。
 ≪白樺くんっ……好きです、付き合ってください!≫
 ≪?はぁ≫
 ≪……え?≫
 ≪え?≫
 ―――…なんていうか、その女の子、哀れ以外の何物でもない。ちなみに、その後は二人とも沈黙が続いてしまい、女の子が恥ずかしくなって逃げる、っていう感じだったらしいが。
 そんなこんなで、空気の読めない(読む気がない)、そして何事にも興味を示さない琴唯先輩が周囲から浮くのには、時間がかからなかった。その無関心さからいえば、それはしょうがないと思う。本当に、お節介焼きでザ☆ブラコンともいえる人唯先輩がいなければ、琴唯先輩は生きてこれなかったのではないかと思うほどに、先輩の無関心には定評がある。
「けど先輩は、生きることに興味がなくても、死ぬことに対する興味もないんだろうなぁ」
「何か言った?朔季ちゃん」
 ふわり、と。机で書類を黙々と片付けていた人唯会長が言った。今日の先輩の髪型はハーフアップ。あげた髪をリボン型のバレッタでとめている。うん、可愛くて羨ましい限りだ。
「いえいえ、なんでもありません。ところで、今日琴唯先輩はどうしたんですか?僕、今日一日先輩を見かけてないんですが――いつもいる屋上にもいなかったし」
 ちなみに、うちの学校は屋上は解放されていない。この場合の屋上とは、最上階にある屋根なしの渡り廊下のことである。
「こーくんなら、もう少ししたら来ると思うよ。屋上にいなかったのは――うん、ただの気まぐれだろうね」
 遠い目をして会長はそう言った。多分今日も先輩の無関心さに振り回されてしまったのだろう――なんていうか、御苦労さまって感じだ。
「それよりも、朔季ちゃん」と、会長は大きな目をくりくりさせて言った。
「そろそろ、自分のこと≪僕≫って言うのやめない?せっかく整った顔してるのに、その一人称でモテないんだと思うんだよなぁ私」
「いいんですよー。僕は僕ですからね。なんなら、緑川先輩みたいに≪あたし≫っていってみます?」
「――…ごめん、いいや。なんか想像したらきもちわるい」
 自分から言っといて失礼な、と会長を睨むと、「さーて仕事仕事」とはぐらかされた。むう。
「ういっす」と、声がかかり、生徒会室のドアが開く。たてつけの悪いドアが開くと同時に、漆黒の少年が姿を現した。黒い髪、黒い目、黒いだぼっとしたパーカーのネコミミつきフードをかぶり、黒っぽい色をしたジーンズパンツ。そのすべての黒に相反したような白い肌。これならモテるのもしょうがない、と思うような可愛らしさを兼ね備えた容姿。
 ちなみにうちの学校は私服高である。んでもって、この可愛らしすぎる服装はすべて人唯会長の趣味だ。
 はい、どうでもいい情報ゲット。
「遅れた」
 短くそう言った琴唯先輩は、鞄を放り投げて(この鞄もご丁寧に黒だ)定位置である一番右はじの席に座る。無関心だから、先輩は遅れたことに対して悪いと思わない。最初はそれにイラッとしたこともあったけれど、もう諦めた。無関心に怒ったって、自分が疲れるだけだから。
「こーくん、どこ行ってたの?遅れるなんて珍しいね」
「職員室。日直に頼まれた」
「断ればいいのに」
「なんで?」
 本気でわからない、というように先輩は首を傾げる。言われたらやる、頼まれたらやる、断る理由なんてない。やる理由もないけれど、言われたから理由もなくやる。それが先輩だ。会長も諦めたように、「まぁいいけど」とため息をついて、苦笑いした。僕もつられて苦笑い。
「先輩」と声をかけると、一応先輩はん、と振り向く。多分会長に「声をかけられたら返事をしなさい」と言われているからだ。先輩はロボットのように、人に言われたことしかしないんだな、と改めて実感する。
「今日の放課後、また付き合ってもらえますか」
「ああ……放課後ね。うん、いいよ、大丈夫。あれ、大丈夫だよね人唯」
「大丈夫よ、今日は特に何もないし――けど」と、会長は眉をひそめて言った。
「ねぇ、あなた達いつも二人で何してるの?最近、放課後に二人でいることが多いようだけれど……こーくん?」
 怪しい、というようにこちらを睨む会長。やばい、これはやばいぞ。あのブラコンな会長に本当のことが知れたら、僕は大変なことになってしまう!ちょ、それは避けたい!
「まさか二人、付き合ってるとか……」
「無関心な琴唯先輩がそんなことあるわけないじゃないですか!なんですか付き合ってるって!ねぇ、せんぱ――」
 先輩の同意を得ようとして、後ろの先輩を振り返る。
「ぐー……」
「―――……」
 おやすみ三秒だった。
「うん、相変わらずの無関心さね……なんとなく安心したわ」
「はぁ……」
 ひとりでに納得してしまった会長に安心しつつ、僕は寝ている琴唯先輩の顔を見詰めた。寝てても美少年は美少年だった。
 ちなみに、琴唯先輩と僕が何かあるとかは断じてない。寧ろ、何それ怖いって感じだ。だから、人唯会長は安心していい。僕と琴唯先輩はそんな関係じゃない。
 しかし、人唯会長の納得は間違っている。
 確かに琴唯先輩は、僕に興味を持っている。
 それは友達とか、まして恋人などという優美な感情ではなく、ただ単に興味――関係を言うならば、共犯。
 そんな腐った関係を、一週間前から続けている。そして僕が生き続ける限り、その関係は続くんだろう。
 僕が興味をもっていること。
 それは誰しもが恐れ、誰しもが惑わされ、誰しもが酔いしれ、誰しもが恋し、誰しもがむかえる―――。
 
 
 すなわち。
 
 それは死だった。
 
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白き命題

白き命題:0

 真の命題の裏や逆は、必ずしも真とは限らない。
 先輩はそう口にすると、すぐに黙り込んでしまった。知らない言葉を受けたので、その意味を質問してみると、それは数学の命題論というもので習うらしい。まだ数学は数Ⅰしかやっていない漆には難しかったね、と先輩は相変わらずの無表情で言った。少しそれにムカついたから、だからなんなんですか、とファイルを乱暴に棚にしまいながら質問する。その乱雑さに、普通の人だったら怯えるはずなのだが、先輩は無表情のまま、ただただ書類にペンを走らせていた。
 無表情にて、無関心。無関心にて、無感心――……。
 先輩を表すには、この三つの言葉で十分だと思う。寧ろ、その言葉でしか表わせない、と言った方が正確なのかもしれない。
 先輩は素早く電卓を叩き、ひたすらその結果を書類に書き込む。文系側からすれば、よくあんな仕事ができるなぁと思うのだが、先輩は淡々と、文字通り仕事を≪処理≫していく。
 愛情の反対は憎悪ではなく無関心っていうけれど、無関心の裏や逆は、必ずしも愛情ではないよね。
 そう言って先輩は、くるりとペンを回した。
 無関心の裏や逆――裏という言葉はよくわからなかったけど、逆ならわかる。つまり反対という意味だ。だけど難しい。先輩にとっては簡単なんだろうけど。愛情の反対は無関心、というのは知ってる。確かマザーテレサの残した言葉だ。誰かを愛する気持ちは、関心を持たなければ生まれない。そういう意味だったと思い、先輩に聞くと、正解、と短い一言を告げられた。更に、そこまでわかったなら、もうわかるはずだよ、と。
 愛情は関心から生まれる。ならば関心の対極は何なのか。関心がなければ、愛情は生まれない。関心がなければ、怒りは生まれない。関心がなければ、哀しみは生まれない。関心がなければ、憎悪は生まれない。
 そこまで考えたところで、あれ、と、ふとした疑問が浮かび上がった。
 ――…すべての対極は、≪無関心≫じゃないか。
 そう先輩に言うと、大正解、と言った。
 すべての対極が無関心であるならば、無関心の対極は計り知れない数あることになる。愛情の対極は無関心である、という命題の逆は成り立たない。
 ――…ってか。
 ――…それがどうしたんだろう。
 先輩の言いたいことが相変わらずわからない。思わず首を傾げると、先輩はつまり、と説明を始めた。
 つまり、無関心を貫く俺は、全部の対極の対極だよね、って話。
 いや、それにしたって「だから?」って話なんだけど、先輩はひとりうん、と納得したらしく、新しい書類を手に取っていた。よくわからないが、確かにそうかもしれないとは思う。無関心という言葉を生き写したような先輩は、誰から見ても対極なんだろう。だから、先輩のお姉さん――人唯会長と、僕以外の人間は、先輩に近づこうとしない。誰もが先輩を畏怖し、避ける。僕から見れば、先輩は大いに興味深い人なんだけれど。
 そんな俺が、唯一興味を持ったのが君なんだよ、と、先輩は唐突に言った。先輩の方を振り向く。いつのまにか先輩はこちらを見ていた。
「俺は君に、とっても興味を持っているんだよ、漆」
 どうして君は、そんなに≪死≫に対して興味を持つんだい?
 そう質問した先輩は、初めて僕に笑顔を見せた。
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白き命題